ゾンビと原発

 さて、拙著『フジテレビデモに行ってみた!』の宣伝記事ばかり書いていると嫌儲厨から嫌われてしまうので、暫く通常運転に戻ろう。皆さんは、2004年に公開された英国のゾンビ映画ショーン・オブ・ザ・デッドをご存知だろうか。と書いた所で、知っている人はかなり少ないと思う。なにせ本作は日本では劇場未公開作品であり、DVDだけでのリリースだからである。そんな本作を私が何故知っているのかといえば、映画『宇宙人ポール(当ブログでの記事はこちら)の、ライムスター宇多丸師匠の批評の中で、『宇宙人ポール』に登場する愛すべき馬鹿二人、「ニック・フロスト」と「サイモン・ペッグ」の二人が主演している大傑作のゾンビ映画だと聞いたからである。

 当然amazonで即『ショーン・オブ・ザ・デッド』 のDVDを注文したわけだが、ライムスター宇多丸師匠をして「ジョージ・A・ロメロを超えた!」と言わしめた本作は、やはりロメロと並ぶか、それ以上の大傑作であることは間違いないであろう。


『Shaun of the Dead』2004年/イギリス/エドガー=ライト監督(日本劇場未公開)

 ネタバレを避けたい方はここからは遠慮したほうがよいかも知れないが、本作の概略を述べると、『宇宙人ポール』と同じくダメな二人組ニック・フロストサイモン・ペッグが、感染によって引き起こされるゾンビパニックに巻き込まれる、というもの。といってもロメロの作品群のように、深刻なゾンビパニックによる社会の崩壊を克明に描く描写と言うよりは、テンポの良いコメディタッチの描写に終始しており、感想としては近年の大ヒットゾンビ映画である『ゾンビ・ランド』に近いものがある。もちろん、ダニー・ボイルの『28日後…』ザック・スナイダーの『ドーン・オブ・ザ・デッド』のような人類社会の破滅的描写とも無縁である。

 本作が特筆するべきは、ロメロが『死霊のえじき』『ランド・オブ・ザ・デッド』等で描いた文明批評、社会風刺とはある意味で真っ向から異なる切り口の視点に着地している事である。実を言うと、ゾンビパニックによって引き起こされる社会の混乱は、本作では相当過小評価されており、一時の大混乱(まるでロンドンや英国が滅亡するのではないか、と思うほどの)はやがてすぐに消失し、ゾンビパニックに掻き乱された社会は元に戻るのである。

 いや、元に戻るという表現は適当ではない。実のところ本作では、ポスト・ゾンビパニックの社会が描かれている。なんとそこでは、人々はゾンビ化した人間と共存しており、ゾンビはその反復性(笑)を生かして清掃員や、テレビショー(ゾンビを競争させる)のキャストとして、社会と共存する姿が描かれているのである。かくして主人公らに日常が訪れるのである。

 本作で、彼女から「変化しない」ことを理由に振られたサイモン・ペッグは、一連のゾンビパニックを通じて、少しだけ成長する姿が描かれる日常が継続される。ゾンビパニック後の社会は新たに、「ゾンビ化した人間との共存」という非日常の一部が組み込まれた日常がやってくる。サイモン・ペッグは、その「少しだけ変化した日常」を極めて肯定的に受け入れ、是認し、それと共存する新たなる日常を生きる決断をし、本作は終劇する。

 この「新しい非日常の要素が加わった日常の継続と受容」という本作のテーマは、原発事故以後「放射線」という非日常が既に我々の日常に組み込まれているこの2012年のポスト3.11の日本の現状とあまりにもシンクロする内容である。3.11以前、食品に含まれる放射性物質や土壌のセシウム137、ストロンチウムなどという概念は日常的皮膚感覚に於いて存在しなかったといっても良かった。3.11から数日間、私は原発により日本が滅ぶのではないか(リアル攻殻機動隊)、と強く危惧したが、不幸中の幸いなことに現状では福島第一原発事故の影響はチェルノブイリ事故よりもはるかに狭い範囲に限局しているらしいことも判明しつつある。放射能汚染で日本が滅ぶ、と大パニックだった3.11のあの時と放射性物質が日常の一部に組み込まれた現在。ゾンビパニックによる大混乱と、ゾンビ化した人間が生活の一部に組み込まれ、それを緩やかに受容して日常を継続する本作のサイモン・ペッグの描写は、驚くほどに重なると感じるのは私だけではあるまい。

 本作は3.11とは全く関係なく2004年に英国で作られたゾンビ映画であるが、これ程までに現在の日本の状況と酷似する作品も珍しいことであろう。原発事故、3.11からの復興…もちろん問題は山積であるし、放射線に関しては首都圏は兎も角、4年経って風雨の影響を考慮してもセシウム137が37,000ベクレル/㎡以上(チェルノブイリ事故に於ける認定汚染地域)残留すると思われる福島県の除染の問題は深刻である。

 ただ、だからといってその日常を我々は拒否することはでいないし、そうである以上、我々は緩やかにそれらを受け入れた日常を送るしかないのは自明である。本作の救いは、客観的に見て決して「楽ではない」ゾンビ化した人間との共存を、サイモン・ペッグが実に明るく受容することにある。放射線津波被害も、決して「楽ではない」。ただそれを暗澹たる気持ちで迎えるよりも、緩やかな笑顔を持って迎えられる事が出来れば、この国の未来地図も違ってこよう。まったく原発とジャンルの違う本作『ショーン・オブ・ザ・デッド』に、私はなにか仄かな希望のようなものを感じたのである。今だからこそ再評価が必要な、映画史に燦然と輝く傑作である。




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