『宇宙ショーへようこそ!』〜修学旅行なんか無い大人たちへ〜

 2010年6月13日、小惑星探査機はやぶさ、60億キロの前人未到の旅を終え、地球帰還。同月、日本、ワールドカップ南アフリカ大会8年ぶり16強進出。どうも6月はいろいろな事が起こりすぎて濃密な月であったが、読者諸兄に於かれてはこの梅雨の時期(北海道地方を除く)如何お過ごしであっただろうか。

 今年は、つい最近まで冷夏冷夏といわれ、6月初旬などまるで千島・樺太のような天候だったにも関わらず、昨今ではめっきりと夏らしく蒸し暑い日が続いている。まさに、6月は夏への入り口であり、そして夏といえばアニメの季節、アニメといえば夏であるということも読者諸兄なら納得のいくところであろう。古今、様々な傑作の大型アニメはおおむね盛夏に封切られていることからも分かるように(例,エヴァ旧劇場版、もののけ姫千と千尋サマーウォーズ時をかける少女スカイクロラetc)、夏(7〜8月)はアニメの季節であり、そう季節はアニメなのである。

 そんな今年、2010年の夏の出発点に相応しい劇場版アニメが公開されている。舛成孝二初監督作品(劇場版に於ける初、訂正いたします)、『宇宙ショーへようこそ』がこの6月26日から全国上映開始である。管理人は、この蒸し暑い中ひとり新宿バルト9のレイトショーにて観賞してきた(27日)。

 肝心の本編であるが、ここからは例によってネタバレを含むので、既に鑑賞された読者諸兄はそのままお読みいただきたい。ネタバレしては困るという読者諸兄に於かれては「ネタバレ開始」から「ネタバレ終了」までを素早くマウスカーソルでスクロールするという技巧を用いられたほうが賢明であろう。ただし、特にネタバレをも構わないという猛者は言うまでもない。

↓ネタバレ開始↓

 本作の大まかな構成は、日常に生きる主人公らが、非日常を経験してまたもとの日常に戻り、結果少しだけ成長するという典型的SFジュブナイルアニメ作品の構図をその基礎としている。恐らく西日本の(なぜ西日本なのかが分かるかといえば、5人とポチが宇宙から日本列島を望む場面で、日没の影が西日本に差し掛かっているから)やや過疎地域で、夏合宿をしている学年は違えど同じ小学校に通う5人組が、宇宙人(犬?)=ポチと出会い、傷の手当の恩に宇宙へ連れて行かれ、そこで突発的なアクシデントに出会いそれを乗り越え、また元の地球に帰るというものである。

 このストーリー構成は特段新しくも無いが、本作で特筆すべきなのはその美術の秀逸性にあろう。冒頭で実に牧歌的な、典型的な日本の農村地帯の風景を実にリアルに描写したかと思えば、その次には実に極彩色の、電球色とでも言おうか、色鮮やかな宇宙の情景の何たるかがこれでもかと展開される。無論、この作品をあえてSFアニメとは言わずにSFジュブナイルアニメと書いたのは、本作に展開される、例えば月面の裏の都市や、光速を超えて着いたポチの母星の景観などが、じつに地球的で、また、本作で登場する宇宙人のビジュアルもその殆どがオーソン・ウェルズの時代の古典的宇宙人観で描かれているからである。更に詳しく言えば、高度に発達しているはずの宇宙人の社会が、通貨を機軸とする現代地球人類の資本主義体制とさほど変わらなかったり、そこで生きる人々が地球風の住居に住み、地球風の習慣で生活していたりと、むしろ宇宙を旅するというよりは「他国に行った」程度の価値観の差異でしかないという点が、実にSFジュブナイル作品である。よって、この作品は宇宙を舞台にしていながらも、「プラネテス」や「機動戦士ガンダム(1st)」のような本格的SFアニメの真骨頂を追求するものではなく、徹底的にSFジュブナイル的要素が強い、ジュブナイルアニメとしての完成度が如何に高いかで評価すべき尺度の作品であるといえよう。その意味で、後述するが本作は極めて高いレベルで成功を収めているといえる。

 更に、本作のテーマ的な部分であるが、初めて月面都市(ただし地球からは観測できない裏側)に到着した5人の小学生らが、「もし、戦争や貧困をなくしてあげましょうと宇宙人が公言して地球にやってきたらどうするか?」と問う場面がある。ここが本作のテーマ的な機軸のひとつであるが、ここでの正解は「人類が自らの力で解決しなければなんの意味も無い」というもの(正解すると入国審査が通る)で、これは自助自立の大切さを謡い、大局的にみればラスト、彼ら5人の小学生の成長へと繋がっていく部分であろう。

 更にもうひとつのテーマは、本作に登場する5人の小学生(なつき、あまね、きよし、のりこ、こうじ)の内、なつき(姉)とあまね(妹)の人間関係の深化である。最初、この姉妹はちょっとした食い違いから(具体的には妹の飼っていたウサギを姉が過失で逃がしてしまった)、微妙な距離感が発生していることがわかるであろう。それは、冒頭の部分、なつき(姉)とあまね(妹)が自転車にニケツしている描写で分かろう。後部に乗るあまね(妹)は、なつき(姉)の腹に手を回そうとはせず、シャツの端っこを掴んでいるだけである。しかし、艱難辛苦を乗り越えて地球(日常)に帰ってきた二人の絆は、劇的に深化している。ラストショットの二人は再び自転車にニケツして、あまね(妹)はしっかりとなつき(姉)の腹に手を回している。このラストのシーン、あまねとなつきの自転車のニケツのラストショットに、本作のある種テーマ性の全てが凝縮されているといっても過言ではないであろう。

 数千万光年を一瞬のうちに旅し、再び牧歌的な田園風景の広がる日本の原風景に帰ってきた5人。それまで、これでもかと宇宙的(?)な美術で埋め尽くされていた画面が、最後にまた元のリアルな現代日本へと着地する。この作品が、SFジュブナイルとして極めて秀逸なのは、「ねぇねぇ、僕たち宇宙人にあったんだよ!何万光年も旅したんだよ!」とは決して主人公らが言葉を発さない部分である。彼ら5人の小学生は、人類がいまだかつて踏み入れたことの無い未知の宇宙領域を旅し、そして温かい彼ら宇宙の同胞(?)に助けられながら、結果として地球に帰還をするも、その「宇宙体験(第三種接近遭遇)」を決して、周囲の親や兄弟に漏らさず何事も無かったかのように日常へ帰還するそのラストである。

 彼らはひと夏の「人類史上最も広大な修学旅行」の思い出を胸に秘めながら、また元の現代日本に於いて日常を生きる。きよしは医者になりたいと親に打ち明け、こうじは更に宇宙について興味をもっただろう。のりこもまた同様である。彼らは着実に成長への階段を上っていく。その象徴が、前述のなつき(姉)とあまね(妹)の自転車のニケツシーンのラストカットであろう。

 主人公の少年少女らが非日常に遭遇し、そしてまた再び元の日常に戻る。そのときに彼らが、非日常の中で出会った様々な経験を内に秘め、また一回りも二回りも成長して日常に帰還する。これが、ジュブナイルの古典的命題であるとすれば、本作はこれ以上の成功は無いであろう。


※正統的SFジュブナイルアニメの構造を本作は見事なまでに踏襲しているといえよう。①と④の出発点と着地点は同一で無ければならず、本作においては学校の校舎である。



 そして本作の主題歌も素晴らしい。素人オーディション番組から、youtubeを通じて一躍世界的な歌手となったイギリスのスーザン・ボイル氏の「Who I Was Born To Be」である。これがEDに併せて流れるたびに、何か我々観客までもが、主人公の5人プラス1匹と共に「修学旅行」をつかの間体感したような、そんな多幸感に浸れる選曲であった。

 ただし、難点を挙げるとすれば、残念ながら中盤以降、脚本的に粗雑さが目立つ部分が散見された。軽く列挙すると、

・そもそもあまね(妹)がアブダクションされる合理的説明が無い。
・また、悪役「ネッポ」一派があまね(妹)をアブダクションして何をしたいのかの目的が語られないから不明、さらにピョン吉(うさぎ)のアブダクションがネッポのせいだとすると本作のテーマ性と齟齬が生じる。
・ポチ、ネッポ、マリーの三者の過去の経緯が明示されないから後半の二人のバトルの動機づけが分かりづらい。
反物質空間にあった宝の島に、ポセイドンのような人面機械とロボットが居たが、あれらとネッポ一派の関係性と目的が不明。
・そもそも、「宇宙ショー」とはテレビ番組なのか組織なのか、その辺のデティール設定がぼんやりしている。
・地球が目の前にあるのに、わざわざ2千万光年も銀河鉄道のような乗物で遠回りする部分の理由が若干弱い(最初から乗ればよい)。
・ズガーンとわさびの相関性が最後まで不明瞭。

↑ネタバレ終了↑

 等であるが、これらの脚本的なある種の乱雑さを差し引いても、私は本作は正に『アニメの夏』の開闢に相応しい作品であろうと思う。私が鑑賞した回は、男性単独客が殆ど、残りは女性2人組、あとカップルであったが、是非とも本作は正統的SFジュブナイルアニメとして光り輝く作品であり、うら若い小学生こそが鑑賞すべき作品であろうと思う。

 我々大人には夏休みも、当然ながら修学旅行も無い。遠い日の過去の記憶になりつつあるであろう。しかし本作を見ればつかの間の夏のひと時、彼らと共に過ごす「2時間の修学旅行」が用意されている。これだけでも十分に劇場に足を運ぶべき作品であろうと断言したい。

さぁ、我々アニオタの夏は今始まったばかりだ!





◎◎◎◎閑話休題*新宿バルト9のススメ◎◎◎◎

 さて、ここで唐突だが新宿バルト9という映画館の素晴らしさについて簡便にご紹介致したい。JR新宿駅から徒歩すぐの好立地に位置しているこの都市型シネコンプレックスの最大の特徴は、原則毎日レイトショーをやっている、という点に尽きよう。夕方や夜は忙しいし、土日は予定が詰まっている、かといって平日の昼間は無理、人混みは疲れる…夜しか時間の無い夜型夜的人間に快適な劇場鑑賞の環境はわが国には存在しないのか…?という善良たる映画・アニメ愛好者同胞の魂の叫びの全てに答えたのが何を隠そう新宿バルト9である。
 
 原則、殆どの作品が24時以降、場合によっては26時から上映という上映スケジュールであり、当たり前のことだが朝まで新宿にいるか、乃至自家用車保有(専用Pは無いが、周辺に時間P有)か自転車&徒歩圏内に住居があれば、これ以上快適な深夜の映画ライフは存在しないと言えよう。アニメ作品も数多く上映されており、また単館上映系の作品で火が付いた人気作品の再上映、ロングランも頻繁に行われている。ニコニコアニメ夜話でも取り上げた片渕須直監督の「マイマイ新子と千年の魔法」、また実写だが入江悠監督の「SRサイタマノラッパー」などもその典型例。管理人が崇敬してやまない、ライムスター宇多丸師匠をして『バルト9が無かったら、シネマハスラーは存在しない』と言わしめた映画館である。首都圏在住の映画・アニメ愛好者には是非ともレイトショーでの鑑賞をお勧めしたい劇場である。

 
宇宙ショーへようこそ!鑑賞時の新宿バルト9(レイトショー)の様子。右は劇場スタッフ。このとおり、レイトショーになると人気もまばら、ほぼどんな作品でも気兼ねなく座席で足を伸ばすことができる。1人1席ではなくて、1人1列がデフォルトである。空調完備の都心の聖域(?)で、名作映画・アニメが貴殿を迎えるであろう。ただし、本劇場は鑑賞料金に割引は無いので注意。1,800円から割引は無い。「毎日レイトショーをやってるのはバルト9だけだから、正規料金でいいでしょう?」という経営者側の足元を見る作戦は若干癪だが成功しているといえよう。ちなみにPASMO等を除きクレジットカードは使えない現金主義。事前座席予約でのカード決済は可能(ただし、レイトショーには座席予約は必要ない。前述の通り絶対空いているから)。

新宿バルト9*公式
http://wald9.com/index.html

◎◎◎◎閑話休題*新宿バルト9のススメ◎◎◎◎


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