ピクサー最新作『カールじいさんの空飛ぶ家』〜思い出との決別/アニメ版グラン・トリノ〜(09年末特別更新1/2)

 嗚呼、ゼロ年代が終わっていく…。と言うことで読者諸兄はこの年末如何お過ごしだろうか。さて、「マイマイ新子」の余熱も冷めやらない年末でありますが、ゼロ年代の終焉までこのまま無為に終わるアニオタ保守本流では御座いません。と言うことで、年末も年末、12月29日はピクサー最新作『カールじいさんの空飛ぶ家』続く30日には押井守監督の最新実写作品『アサルトガールズ』の2本を鑑賞してきた。これを以て09年度の締めと括りとさせて頂きたい。年末年始で多忙な読者諸兄の皆様、恐縮ながら今少しお付き合い願いたい。

 


 さて、『カールじいさんの空飛ぶ家』である。賢明なる読者諸兄なら御存知の通り、この映画は厳密に言えばディズニー映画である。何故なら、ディズニーがピクサーを企業買収して子会社にしたからに他ならないのであるが、しかし実質的にアニメ制作はピクサーが仕切っている。したがって、書類上はディズニーアニメだが、実質的にはピクサーの最新作、となるわけである。

 良く考えてみると、本ブログで海外アニメを取り上げるのは初めての試みではないだろうか。管理人が尊敬して止まないライムスター宇多丸師匠のラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」(TBSラジオ)で毎週毎週映画評が紹介されるのであるが、本作「カールじいさんの空飛ぶ家」は3週続けてお題候補に上がりながらも却下され(この番組はサイコロの出た目で次週論評する作品を決める)、ようやく2010年の新年一発目で宇多丸師匠が評されるそうであるから是非とも興味のある読者諸兄に於かれてはお聴き頂きたい。(放送終了後、ポッドキャストでDL可能なので全国から聞けます⇒シネマハスラーのページ)その宇多丸師匠より先に評すると言うのは一寸畏れ多くもあるが、アニオタならではの視点で書きたい。

 何か昨今巷では「3D」が流行っている(例*ジャームス・キャメロンの最新作「アバター」等)というが、本作もその例に漏れず最新「3D」アニメの代表作である。劇場窓口でチケットを買うと、まず有無を言わさず「3Dなので300円追加で払ってください」と言われる。辞退はできない。これは強制である。なので、大人1,800円でも実際は2,100円、映画の日でも実質1,300円取られると言う難点がある。300円追加で払うと、おもちゃみたいな3Dメガネが貸し出される。上映中はこれをかけろと言うわけである。


*参考(TOHO系列の3Dメガネ。一昔前の、左右が緑と赤のセロファンという原始的なものではないが…)

 このメガネはサングラスと言う程ではないが視界が若干暗くなるので画面の照度が削られる。当然だが視野も狭まる。正直見づらい。しかし、では裸眼ではどうかという訳だが、メガネを外すと元々3D上映用の映写なので字幕やキャラの輪郭線が二重に見えて不愉快極まりない。結局、3D上映の回(2D上映の回では勿論メガネは要らない)ではこの鬱陶しいメガネと終始2時間弱運命を共にしなければならない。管理人は3D映画の鑑賞経験が初めてだからだろうか、慣れれば気にならなくなるのだろうか。


 さて、漸く本編に入るが、基本的にピクサーはもう誰がどう見ても世界最高水準のアニメ制作集団であることは間違いない。3Dアニメの分野では、日本ですら及ばないレベルに達していると言えるのは万人の共通認識として押さえておいて良いだろう。例によってネタバレにならないよう配慮して書くが、鑑賞の妨げにならない程度のネタバレは含むので、一切の情報必要なしと言う読者諸兄は読み飛ばしていただいて結構である。

 今回は端的に述べると、天空の城ラピュタ』と『ハウルの動く城』を足してピクサーで割った感じのアニメ版『グラン・トリノ、というのが正しい。主人公の老人、カールじいさんは典型的なアメリカの戦後を生きた温和な大衆の代表として描かれている。共和党員・若しくは民主党員として政治活動をしたり、特定の圧力団体や宗教勢力に入ってデモ行進をしたり、すぐに裁判を起こしたり銃をぶっぱなしたり、かといってアメフト部に入ってガンガン言わせたり、トレインスポッティングレントンばりにドラッグに溺れるわけでも周りにヤクザや不良がいる訳でもない、「物言わぬアメリカの一般大衆」の一人として描かれている。そのカールじいさんが、妻に先立たれ、子も無くたった一人歳をとり、徐々に徐々に世の趨勢から取り残され現在に至る所までが本作冒頭。この「世の中の動きに取り残され、ひっそり一人で暮らしている頑固で偏屈な老人」という所がクリント・イーストウッド監督最新作「グラン・トリノ」の主人公ウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)に瓜二つである。


*「グラン・トリノ」のウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)と、カールじいさん。(独身,一人暮らし,妻に先立たれる,時代から取り残され感全開,頑固偏屈,犬と共に行動する等々瓜二つである笑)


 このカールじいさんが、ひょんなとこから旅に出るわけであるが、別にツアー旅行に行くと言うのではなくて、あろうことか自分の家(多分木造2階建て)のてっぺんに数千から数万の風船を括りつけて家ごと浮かして飛び立つ(物理的にはあり得ないがそれはアニメ的ご愛嬌)、という源平合戦に於ける源義経の「ひよどり越え」的な、万人の想像だにしない奇想天外な方法を用いて南米にGO。なぜ南米に行くのかという理由は本編で描かれるのでそちらで(と言っても、そんなに大層な理由はない)。南米に着いたら着いたで、まぁ色々あるわけだが、正確にはアマゾンのギアナ高地に着陸するわけである。アメリカからブラジルのギアナ高地までほとんど苦も無くカールじいさんは風船で吊った家ごと辿り着くのだが、よく考えてみるまでも無く、この行程で既に途中通過点であろうキューバとかベネズエラとか、そして当のブラジルを領空侵犯している(というか着陸の時点で不法入国)という国際法上重大な問題を孕んでいるのであるが、それは勿論アニメ的なご愛嬌として笑える。ちなみに追加すると、足腰の悪い老人が一人でどうやって大量の風船を家に括り付けたのか、そもそもその異常な量の風船はどこから買ってきたのか、という件は一切描かれないが、これも又アニメ的ご愛嬌である(笑。

 そんなこんなで、ギアナ高地についてからが結構長い。かわいい動物やワンコが沢山出てくる。紆余曲折ありアクションあり等々、何だかんだで終劇を迎える。ピクサー映画の本当に良い所は、悪役ですら人が死なない、という点である。本作には一応悪役が出てくるのだが、これがカールじいさんよりも一回り年上の爺さん、正しく老人と老人の対決がクライマックスである。この悪役の方の老人は、何故か武装した飛行船を用いて攻撃してくる。まるでラピュタゴリアテである。しかし、この悪役の爺さんが最後を迎える時にも、ちゃんと死なないように風船を何個か体にまとわりつけて地面に落下する。地表に激突しても死なないよう配慮しているという細かい描写が憎い。ガンダムSEEDの脚本家は是非ともピクサーを見習うべきである。一方のカールじいさんはカールじいさんで、ヘリウムの少なくなって揚力が徐々に減っている「家」をロープで体につなぎ、「よいしょよいしょ」と言いながらずりずりと家と共に移動するところが何ともシュールでかわいらしい。家ごと動く、という発想は「ハウルの動く城」に通じる点だろう。

 上記の通り、本作は大変安心して観ることが出来、ピクサーならではの終始安定したハイクオリティの良質な作品である。テーマ的には、「美しい思い出とは、いつか決別しなければならない」という普遍的な概念が終始、本作に通底している。この作品に出てくる「家」とは、言うまでも無く若くして亡くなったカールじいさんの妻の象徴である。カールじいさんが異様なまでに「家」と共に旅に出ることに固執するのは、亡妻が残した「美しい思い出」への狂おしいほどの執着に他ならない。しかし、本作ではそういった「美しい過去の思い出とは、いつか決別して未来に向かって歩き出さなければならない」という強烈なメッセージ性が見て取れる。そのキーワードが、ある切っ掛けでカールじいさんと行動を共にする8歳の少年、ラッセルである。このラッセル少年こそが、未来への希望の象徴であり、最終的にカールじいさんは美しい思い出の象徴である「家」よりも、ラッセルと共に生きる事を選択する。これは、過去の思い出にしがみ付いて朽ち果てることを否とし、新しい第二の人生を歩むことを決めたカールじいさんの決意に他ならない。

 思い出、そして希望は次世代に託される。託されたのはラッセル少年である。ラッセル少年は、管理人的にはアジア系の少年に見えたのだが、仮にこれがそうだとすると、「グラン・トリノ」で、ウォルト・コワルスキーの心、すなわちグラン=トリノ(グラン=トリノとは車種の名前である)を相続した同じくアジア系のビー・ヴァン(タオ・ロー)に全く重なるのである。


*「グラン・トリノ」のアジア系移民の少年ビー・ヴァン(タオ・ロー)とラッセル少年。ラッセル少年は肥満体で馬鹿っぽいが、結構不遇な家庭環境であるのが判明する。またそこが泣ける。


クリント・イーストウッド監督/主演の映画『グラン・トリノ』。優れた名作であるのでこの機会に未観の読者諸兄は是非鑑賞されたい。


 
 と、言うわけで『カールじいさんの空とぶ家』は、最早『アニメ版グラン・トリノと言っても差し支えないのではないだろうか。過去の甘い記憶は心の奥に。思いは次世代へ。本作を見ていると、心が優しい人たちは洋の東西を問わず確かに存在すると痛感する。ピクサーのこれまでの代表作品、例えば「トイ・ストーリー」「ファインディング・ニモ」「モンスターズインク」「カーズ」「WALL・E/ウォーリー」etc…。色々な題材、さまざまな技術的先進性を駆使して毎回毎回見るものの心を打つ、真の良作アニメを生み出すピクサーだが、本作をしてもまさにその「心を打つ」理由は、ピクサー作品の全てに深い深い、「人間愛」の精神が通底しているに他ならないからだ。


 *ちなみに、管理人が一番好きなピクサー作品は「WALL・E/ウォーリー」である。この作品の評についてはいずれまたの機会に取り上げるつもりであります。


*関連ブログ
映画監督入江悠日記『カールじいさん』=『イーストウッド@グラントリノ』論(09.12.11)
王道【映画2009】カールじいさんの空飛ぶ家(09.12.10)


☆アニオタ保守本流ブログランキング参戦中*木戸銭代わりにクリック願います!↓↓

banner_02.gif






●貴方にぜひともやって欲しいオタク度診断●
日本一硬派なアニメオタク診断
http://kantei.am/55866/
*60点以上で合格!