吉浦康裕監督*劇場版『イヴの時間』評〜人間性の普遍〜(特別連続更新)

 さて、さる3月11日、テアトルダイヤ(池袋)にて吉浦康裕監督の劇場版『イヴの時間』を鑑賞してきたわけである。管理人はGYAOUSEN)で公開されていた15分×6話のシリーズバージョンを未観である為、それを踏まえた上で軽く本作を評させて頂きたいと思う。例によってネタバレを含むので、ネタバレ回避の読者諸兄は読み飛ばして頂きたい。*勿論配慮して書いているので、これを読んだからと言って本作の鑑賞感は減衰しないであろう。(と思う)

※今回は『東のエデン劇場版2 Paradise Lost』の評と併せて連続更新であります。


 まず、本作の映像演出的な部分を評したいと思うが、本作が特筆すべき点はカメラの急激なズームを効果的に多用している点である。特に喫茶店イヴの時間』の中の密室劇の場面では、単調なカット割りだと地味に映るこの場面を、段階的ズーム(早いテンポでカメラを段階的にズームして行く演出)の小気味よい使用によって、劇的効果を演出にすることに成功している。これは吉浦康裕監督の映像的センスの傑出している部分であり、恣意的な思いつきの演出ではなく、人物の相関・位置関係・心理的情景を総合的に加味し、計算された上でなされていることが分かる。

 また、「未来、たぶん日本」という世界設定であるのに、本作は殆ど室内描写が圧倒である。にも関わらず、近未来のSF的考証(紙なのに電子版っぽい新聞紙など)をさり気なく配置し、SFでありながらも、本作は登場人物の心理描写を核とする舞台的群像劇であることをあくまで強調することに成功している。余りに未来世界の世界観を強調しすぎると、後で述べる本作のテーマ性がぼけてしまい、単にSF的寓話になってしまう。このSF描写を最小限に、かつSF的世界観を完全に喪失しない程度に散りばめることで、本作の持つテーマ性はSFを超えた普遍的なものである事を語るのに成功しているのは、ひとえに監督の技量と言う他ない。

              • 以下よりネタバレ注意--------

 さて、本作のテーマ的な部分であるが、ひとことで言えば『人間が人間足りえているのは何か』という問いであろう。”人間”は生まれながらに、すなわちこの世に生を受けた瞬間から先天的に人間足りえているのか。それとも、後天的な要素、即ち「社会性」に触れることで人間足り得る存在であるのか。「狼に育てられた子」アマラとカマラに代表される様な、人間を規定するものは「先天」なのか「後天」なのか、という問題を本作は提起している。

 生身の人間と全く違和感なく会話し、行動するロボットたち。唯一の識別符は頭上のワッカであるが、これも喫茶店イヴの時間」の中でのみ解除されるから本作の大部分では観客の視点からして人間とロボットの区別はほぼ不可能なように演出されている。即ち之をして「人間は社会性の中でしか存在しえず、人間性とは人間外の存在にも宿り得るのであり、逆説的に言えば肉体が人間でも人間性が欠如した狂気の”非人間”が存在する様に、後天的に育まれる感情・愛情・情動と言った人間性は遍く人間外にも広がる普遍的なものである」という本作のテーマ性は、本作終盤のマサキ君とハウスロボット・テックスの関係性に集約することが出来るだろう。

 但し、但し苦言を呈すれば、この終盤で登場するマサキ君の親父に喋りを禁じられたテックスという丸っこいロボットは、最後の最後まで徹頭徹尾人間の命令を尊守しているように描かれている。


・第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また人間が危害を受けるのを何も手を下さずに黙視していてはならない。
・第二条 ロボットは人間の命令に従わなくてはならない。ただし第一条に反する命令はこの限りではない。
・第三条 ロボットは自らの存在を守らなくてはならない。ただし、それは第一条、第二条に違反しない場合に限る。


 の、アイザック・アシモフの「ロボット三原則」が終始本作で語られるように、この終盤の本作最大のクライマックスであるテックスが不意に喋りだしたのは、マサキ君に対する人間性の発露ではなく、あくまでこのロボット三原則の範疇の行動でしか無い、という描写が如何とも残念である。

 つまり、『人間性は人間外の存在にも宿り得る』という本作のテーマを俯瞰したとき、このテックスは最終的にはロボット三原則」を自らの意志で打ち破ってマサキ君と会話せねばならないのに、本作の描写ではやはり硬くなにマサキ父の命令を守り続けるテックスは「非人間的」なロボットであると言う冷徹な描写でしか無い。ここの部分、脚本的な詰めが甘いように思える。

 何故なら「人間が人間足りえている人間性」とは、「ロボット三原則」等と言う規範・ルールでは図れない、制御することが出来ない、人間の「抑えがたい感情そのものだからである。与えられたルール・原則・法を、理屈では推し量れない、計算することすら出来ない感情と言う名の衝動によって打破することこそが「人間性」そのものだからである。よって、本作ではテックスが最後まで徹底して「ロボット三原則」を尊守したことが、本作のテーマ性を曇らせている原因であろう。これでは結局最後の最後まで『結局、ロボットはロボットでしかなかった』というオチがつく為、前述したようにテーマの方向性としては良いが、如何せん少々絞り込みが散漫な印象を受けた。

              • 以上、ネタバレ注意--------

 しかしながら、映像演出のセンスは見事であるし、このような普遍的なテーマ性を織り込んだメッセージ性の高いアニメ作品に成っていることは紛れも無い事実である。読者諸兄におかれては、是非とも映画館での鑑賞をおすすめしたい良作アニメである。劇場に足を運んで損をするような作品では絶対にないことは断言したい。


*関連サイト

イヴの時間公式ブログ
イヴの時間劇場版の感想アニメーションメモ(10.3.8)


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