希望が観測に変わる恐怖〜福島第一原発事故〜

　1箇月前の今日、午後2時46分、私は千葉県松戸市の自宅にて恒例のシエスタにふけっていたところ、震度6弱の揺れに驚愕した。本棚前面に陳列された本は崩れ、台所のコーヒーカップは割れ落ちたが、負傷はなかった。愛猫チャン太は動物の癖に揺れを予知することもできず、右往左往していた。あの日から1箇月が経過し、漸く心の平静が保たれつつあるので「2011.3．11、2：46の悪夢」を振り返ることをしつつ、特に原発問題への考察行ってみたい。

★保守派に広がる奇妙な楽観論〜希望が観測に変わる恐怖〜福島第一原発事故

無人機が撮影した福一４号機。「エア・フォート・サービス」より引用

　3.11に続く3.12の福島第一原発（以下、福一）の爆発以後、マスコミに登場する御用学者の多くは曰く「空間放射線は胃のレントゲンの何十分の一だから問題ない」「食物に含まれる微量の放射線は、撮り続けたとしてもただちに健康に影響はない」などとあたかも「大本営発表」のような虚報を繰り返しているが、そもそも私は『自然放射線以外に観測される放射線が看過できぬ以上の数値増加している現状』が異常ではないかと思っている。如何に微量であっても累積という放射線量の「足し算」を行わない限り、政府・東電の「大本営発表」は全く何の信憑性もないことは明白であり、私はこの点に関しての情報源は中部大学教授の武田邦彦先生のWEBブログhttp://takedanet.com/と、神保哲生氏のビデオ・ニュース・ドットコムhttp://www.videonews.com/のマル激トークオンデマンドを第1級のソースとして信頼している。

　少し前まで、中共や南朝鮮から輸入された餃子だのキムチなどからいろいろなものが検出されたり、「科学上特に問題はない」という米国農水省の言い分を徹底的に無視し、牛肉の輸入を全面拒否するという、「食に関してだけは異常に居丈高になる日本人」が、300ベクレルという基準値を明白に超えた食物を、感情論で大丈夫大丈夫というのはあまりにもアンバランスではないか。よく「風評被害」というが、私は批判を恐れずに言うと、「風評被害」というのは完全な潔白であるにもかかわらず流布される言いがかりのことを指すのであり、基準値を超えるか、或いは基準内高値の放射線量を検出する食物の忌避を、「風評被害」とは言わないのではないか。それは正当な拒否と恐怖なのではないか。「風評被害」とは狂牛病騒動のときに日本人と政府が見せた、「病的なほどの肉品質への執着」こそがアメリカ畜産家に対する「風評被害」ではないのだろうか。

　そもそも、日本人は例え福島の一部でさえ、日本国の貴重な国土が放射線に没すことに対し、殆ど何らの恐怖も持たないように感じる。それは放射線が目に見えないからだとか、せいぜい数ミリシーベルトの被曝では急性症状が起こらないからなのか分からないが、日本国の中に、日本国土でありながら日本人が立ち入ることのできない土地が形成されようとしている危機について、奇妙な楽観と危機意識の欠如が同居しているように思えてならない。その楽観のいきつく先は、「チェルノブイリとは違う」「東京は200キロ以上離れているから大丈夫」「原爆を受けた広島・長崎は戦後復興したから福島も大丈夫」という根拠のない精神論であり、まさに大本営発表の、あの時代の精神性を彷彿とさせるものである。

　この福一の爆発で東京を逃げ出した人に対する批判があるが、私はあえて良としたい。ではもし、われわれが外国人で、中国や朝鮮でおなじ原発事故が起きたとしたら、我々はそのままソウルや北京や上海に留まるだろうか。答えは「否」であろう。真っ先に出国し、日本に飛び帰る。なぜなら中国政府や韓国政府の「公式発表」など信じるに足りないからである。中国中央電視台に北京大学の高名な学者が登場し、「原発の放射線は問題ない」といったところで何の気休めになろうか。

　私もそれと同じで、現在の民主党政府のすべてが信用できないので、政府・東電・枝野が繰り返し言う「直ちに人体に影響がない」など件の武田先生の計算に従って勿論信用できないし、反民主党の保守派であればある程、民主党政府と東電が言う「原発安全論」に懐疑的でなければならず、日本国民の生命と財産、何より祖先が耕してきた福島や北関東の土地を守るためにも、政府発表に異議を唱え、甲状腺がんの影響著しい小児だけでも、政府が設定した20キロ圏外を問わず避難させるかヨウ素剤の服用を勧める大行動を起こさなければならないのではないか。その措置が徒労に終わったとしても、最悪の事態を想定した行動は、結果実行しなかったというだけで幸いの類であり、徒労に終わることのデメリットは殆どないはずである。

　にも拘らず、なぜか今回は一般に左翼といわれる週刊誌ジャーナリズムや活動家が反原発を唱え（東電前のデモで中核派が逮捕されたという面白ニュースがあったが）、保守派には私の感触では若干、原発是認派・原発安全論者が多いのは「東京都青少年育成条例」に顕著にみられた「保守と革新のねじれ」がまたしても起こっていることは興味深い事実である。

　評論家の田久保忠衛先生が、先日、国家基本問題研究所の講演で「希望が観測に変わることの恐怖」を仰っていた。「自分がこう思っているから、相手もこうするとよいな」という甘い希望が、いつしか「自分がこう思っているので、相手もこうしている」という観測に変化したとき、国家外交は悉く失敗し、国家の破滅を招来するというお考えである。

　全く同感であるし、これは名著として名高く、私の愛読書でもある『ソ連が満州に侵攻した夏』（半藤一利著）の状況と瓜二つに思えるのは皮肉である。第二次大戦末期、日本は当時中立国（形だけ）であったソ連に対米戦争の仲介を依頼するという幻想を抱いていたが、当のヨシフ＝スターリンはヤルタ密約によって「ドイツ降伏後、半年以内の対日参戦と千島・樺太・満州の割譲ないし支配権」を連合国と取り決めていた。そのようなソ連の狡猾な思惑もしらず、「日ソ中立条約には46年春までの不可侵条約の取り決めの約束があるから、武士の情けでソ連は裏切らないだろう」という、「希望が観測」になるという、まったく誤った判断で対日参戦の準備（シベリア鉄道でジューコフ将軍の精鋭をせっせと極東に送っていた！）を着々と進めていたソ連に虫のよい「対米仲裁」を求めていたという馬鹿さ加減が、ソ連の満州侵攻と在満邦人へ略奪・殺人、それに伴う残留孤児やシベリア抑留など、まさに「日本民族の悲劇」を招いたのだと半藤氏は展開する。条約を破ったソ連だけが犯人ではなく、当たり前の未来を予測できなかった関東軍と日本政府の無能さこそ、この悲劇の主犯であると半藤氏は説いている。

　こうなればよいのに、と願う「希望」が、そのまま「観測」になるのは最大の愚行と知らなければならない。福一も同様で、「再臨界が起こらないでほしい」「原子炉格納庫内での水蒸気爆発によって超高濃度放射性物質がまき散らされ、東京が壊滅しないで欲しい」「これから北関東で生産される農産品を食しても自分だけはガンになりたくない」という「希望」は、あくまで「願望」であって「観測」ではない。我々は、少ない情報の中から正確な原発の情勢を分析し、常に最悪の事態を想定して最大の退避行動をとらなければならない。希望が観測に変わる楽観論の中で、万一日本国民が放射性プルーム（雲）の降下の中で死亡する責任をだれがとれるのだろうか。真の愛国者なら、たとえ笑われてもよいから1の恐怖を10に、10の危機を100位に拡大解釈して対処するくらいのほうが望ましいと私は考える。悪戯な楽観論は死を招く。これは原発に限らず、個人の健康でも商取引でも、スポーツの試合でも大原則ではないか。そういう意味で、極論ではあるが伊豆に逃げた某批評家などの行為は必ずしも糾弾には値しないと考える。（ただし彼の場合は結果として科学的根拠に乏しかったのではあるが）

★ポスト「３．１１」を考える。

　ポスト「３．１１」を考えるとき、暗澹たる気分になるが、アニメ・マンガなどの想像力の中に答えがあることは確かであろう。井上智徳氏のマンガ『コッペリオン』などは、今回の福一の状況と瓜二つで不気味ですらある（東京に設置された原発が地震で爆発し、東日本が核汚染された近未来の日本）し、地方都市の汚染と閉鎖という設定は、竹熊健太郎原作・永福一成作画のマンガ『チャイルド★プラネット』の「横浦市 yokoura city」とこれまた生き写しなのは不気味だ。『コッペリオン』の方は、震災前に決定していたアニメ化自体、どうなるか分からないなど著者にとっては不運であるが、このあたりのポスト「３．１１」とアニメ・漫画における想像力の話は、4月26日発売の保守系新雑誌『JAPANIZM』（株式会社・青林堂）に連載している記事を待たれたい。

あまりにも未来を予見したマンガ…アニメ化の目処がどうなるのか不明である。不遇のマンガ『コッペリオン』。

謎の新型ウィルスで米軍基地のある地方都市・横浦市（おそらく横須賀市がモデル）が壊滅・封鎖された世界を描くカルト・ディザスター・マンガの決定版。マンガ『チャイルド★プラネット』。

　想像力の世界はともかく、近々の問題は福一から放出された放射性物質が、これ以上激増しないことを想定して、早々に待たれる「土壌汚染マップ」の公開である。今までの情報を総合すると、福一から北西に向かう、福島市方面に強い放射線が観測されていることから、第1号炉の爆発によって格納容器の破壊とともに、高濃度の放射性物質が降り注いでいることが考えられる。この地点の土壌汚染の分析と結果の公表は、地価の大幅な下落を招くことから政府・東電が躊躇している原因の一つか、単に復旧作業に忙殺されているだけなのか判別付かないが、いずれポスト「３．１１」の世界はこの汚染マップに比例した地価の下落という事態は避けられそうにない。現時点で私が予想するに、

地価の予測

１．福島県東部地域は地価が評価できず（ゼロ）、その対価を将来の遺失損益と合わせて所有者に保証することとなろう
２．茨城県の少なくとも中部以北はその地価が目減りするので、その対価を将来の遺失損益と合わせて所有者に保証することとなろう
３．宮城県から千葉沿岸・北関東にかけての広い土地で、放射能汚染の土壌マップに照らし合わせて地価が下落する
４．東京都部の不動産価格は、海外投資家が倦厭する影響で、土壌汚染の影響が軽微でも長期的に下落する
５．反面、関西圏（大阪・京都・神戸）は長期的に地価が上昇する（土壌汚染の調査自体行われない可能性が高い）
６．北海道、中国、四国、九州、沖縄の地価は関西圏ほどではないにしろ長期的に上昇する

　ことが考えられる。加えて、福一から２０キロ圏乃至３０キロ圏は立ち入り禁止区域となるため、常磐自動車道（延伸は中止）やJR常磐線、及び国道と付属の幹線道路の経路は、将来的には迂回させることを検討せざるを得なくなる可能性がある。

経済の予測

１．２０１１年度はマイナス成長（０％乃至−２％程度）の可能性がある
２．２０１２年度は、土壌汚染などのデータが明らかになり、例え福一が冷温停止しても、外国人観光客の減衰、外国企業の移転等により復興需要と相殺され、ゼロ成長に近くなる可能性があるが、過度の円安によっては年後半から持ち直す可能性がある。また東電の国有化や１００％減資の状況によっては、株式相場に「JALショック」を超える動揺が広がり、これもマイナス成長に寄与する。いずれにしても、２０１１、２０１２年度の経済見通しは過去最悪であろう。
３．復興による国債の過発行により、長期金利が上昇するとなると、円安が一気に進行する可能性がありメリットではあるが、この場合、原油価格が上昇すると相殺されるのでむしろ状況は悪化する。

最悪の予測

１．２０１１年度内に福一が冷温停止せず、仮に再臨界となり（その兆候はあると聞くが）格納炉内で水蒸気爆発が起こり格納機が吹き飛べば、風向きによっては関東南部は避難対象となり、よしんば避難せずとも経済活動は停止（それでもなんとか営業しようとはするだろう）し、首都機能が事実上喪失する。その場合、少なくともGDPはマイナス２０％乃至３０％の損失となり、世界３位の経済大国の地位すら危うくなる。
２．２０１１年度内に福一が冷温停止したがいいが、大気放出された放射線が予測よりも膨大であると国際機関が発表した場合。また日本からの工業製品から次々と放射線が検出され、相手国が輸入拒否した場合。外国投資家らの投げ売りにより、日経平均がリーマン・ショック時の記録を更新する可能性がある。

中・長期の予測

１．福島県及び北関東及び東北南部で今後数年間に小児甲状腺ガン・小児白血病等の臨床的増大が見られ、患者・遺族が国と東電を相手取る史上最大規模の集団訴訟が展開される。結審するまでは当然長くかかるが、これらは原爆症認定訴訟と同様、被告側が悉く敗訴しているので、このときに「ただちに健康に影響はない」の政府発表と御用学者が糾弾されるだろう。また、臨床医の中では甲状腺ガンの明らかな増加の事実は一種のタブーとなる。この事実は週刊誌あたりが将来さんざんやることになるだろう。
２．福一から凡そ３０キロ圏内の町村は「廃町・村」（チェルノブイリにおけるプリピチャ市）となり救済新法の内容を巡って紛糾する。
３．福一から３０キロ以上５０キロ以内の市町村は人口の激減（転出）と地価の暴落によって合併を余儀なくされ地図が変わる可能性がある。
４．日本国債の格付けがネガティブ方向に変更される可能性が濃厚。（２年以内）
５．日本の人口重心が明治以来、初めて西側に移動するだろう。（２年以内）
６．次期衆議院選挙では、自民党を中心とした連立政権（みんなの党との閣外協力乃至連立、みんなの党から首班の可能も）が形成される可能性が極めて濃厚。自民党政権下で、防衛予算・自衛隊定員は５％以上増大する。また、解散総選挙は２０１３年夏の任期満了直前でおこなわれ、民主党は壊滅的敗北。

　このようなディストピアな未来の予測だけでは暗澹であるから、たとえば神山健治監督の『攻殻機動隊S.A.C』のように放射能を除去する「日本の奇跡」が現出すれば、日本の再生に希望が持てるだろう。また、今だからこそ原子力に変わる再生可能な代替えエネルギーの研究開発・実用で日本は世界のトップになれるチャンスを秘めているが、この期に及んで原発推進の合唱が聞こえるなか、前途は多難である。いずれにせよ、それには前述の通り、土壌汚染マップの公開が前提であるから、どちらにせよ日本経済最悪の「底」を我々は越えなければならない。

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